隈研吾先生と涌井史郎学長による特別対談
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『日本の木造建築技術・デザインと世界の評価』と題して、建築家 隈研吾先生と涌井史郎学長によります特別対談。今回は岐阜県立森林文化アカデミーの学生と、森林技術開発・普及コンソーシアム会員限定の特別講座です。隈研吾先生は一昨年、昨年に引き続き、今年も様々なお話をしてくださいました。
さて、隈先生と言えば数日前にお披露目されたばかりの新国立競技場の設計者。その設計者を決める選定委員の一人が、涌井史郎学長でもあったのです。
「国産木材の利用による世界に誇れるスタジアム」として新国立競技場を発信するため、隈先生は「すべての日本人が心を一つにするナショナルスタジアムにする」と考え、47都道府県から木材を調達することを決め、軒庇はスタジアムの方位に応じて、北側から南側にかけて、北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州、沖縄地方の木材を使用。エントランスゲートの軒には、北側と東側ゲートは東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の各県の木材を、南側ゲートは熊本地震で被災した熊本県の木材を使用。樹種はスギ(沖縄はリュウキュウマツ)で、軒庇とエントランスゲートの軒に使う全木材は持続可能な管理が行われていると森林認定された木材を使用。
隈先生が「新国立競技場の屋根部分の上辺が『むぐり屋根』になっている」と解説されると、涌井学長が素早く「この部分だよ」と分かりやすくサポートしてくださるお陰で、より理解が深まりました。
長辺200mほどある部分がアーチ効果もあって、1/60ほど(約3.2m)湾曲したような美しいフォルムとなっています。
涌井学長が、今だから話せる話として、「新国立競技場の設計を公募した時は、約三か月で設計・積算・見積を出すという厳しい条件であった」と話されました。
隈先生からは苦労話に加え、「最近の設計ではメンテナンス・コストの話が重要となる」とも説明され、緑化には剪定などのメンテナンスの必要がない、在来種をランダムに植栽し、プラントボックスにも新たな工夫がなされています。最上階の5階には一周850mの回廊が作られ、天気が良ければ富士山や東京スカイツリーなどの眺望を楽しめます。
途中、涌井学長さんからは、「隈先生の提案は、単に建物の設計だけではなく、環境全体に配慮して場を設計したものであったことが重要である」とのお話もありました。
建物の設計は様々な工夫があり、例えば風の動き。南側は会場内に心地よい風が入って温度を下げ、冬の北西の風は抜けるようルーバーが工夫されていること。今年の夏も想像以上に快適に作業が進められ、毎日3000人近くの人が作業したが熱中症も発生しなかった。
競技場の屋根の縁部分は、見た目はガラスのように見える透過型の太陽電池が利用されているなど、そこかしこに最先端の技術とシミュレーションに基づく素晴らしい設計がうかがえます。
涌井学長からは「今や、豊かさを求める時代ではなく、豊かさを深める時代である」とお話があり、続いてユニバーサルデザインについてもお話が展開しました。
例えば、「車イス」なら、入ることができれば良いのではなく、興奮して前の人たちが立ち上がっても、車イスの人が選手を見ることができるよう、車イス設置部の高さを少し高くしてあること。聴覚障害の方がトイレに入っていても、情報が伝わるような心遣いです。
涌井学長は「隈先生は途中変更も検討され、もともと 3階に設けられた『風のテラス』は行燈型の照明でしたが、途中で細長く湾曲したLED照明に変更された。これが250m離れて見ても、ホタルが飛んでいく光をイメージできる」と説明されました。
隈先生は「前身の国立競技場を建設する前の1962年には、この前に『渋谷川』があり、そこにはホタルが飛んでいただろうと思い照明を工夫した」と説明されました。
涌井学長は「この渋谷川というのは、唱歌「春の小川」で、♪春の小川はさらさらいくよ、と歌われたのが渋谷川の支流だった。」と説明してくださいました。
涌井学長と隈先生からは、今から20年、30年前なら、見地全体に現在のような木造建築に対する理解はないであろうと話され、続いて涌井学長からは「みなさんは隈先生は木造建築専門の先生と思われがちだが、実際には土とコンクリートで素晴らしい建物も数多く手がけられている」と話され、その一つとして宮城県石巻市で隈先生が設計し1999年に建設された「北上川・運河交流館」を紹介されました。
ここは北上川の川沿いからつながる遊歩道を歩くと建物の上部に至り、丘のようになった建物が運河交流館です。この自然と調和した建物は「自然(じねん)」=「自ずと然り」の「建築であるとも評価されました。
今回の対談では、高山市の飛騨産業株式会社で作成された『クマヒダKUMAHIDA』という椅子を利用しました。(https://kitutuki.co.jp/news/14026)
会場にお越しになられていた飛騨産業株式会社の岡田贊三代表取締役社長さんが、このクマヒダが出来上がるまでの飛騨の匠の技を駆使する苦労談を話されました。
「クマヒダ KUMAHIDA」は1920年に創業した飛騨産業が来る2020年8月に創業100周年を迎えるにあたって、記念事業第一弾として建築家の 隈 研吾先生とのコラボレーションモデルです。
最後に涌井学長から「隈先生の建築は『負ける建築』ですよね。過剰な自己主張をするのではなく、自然をいなす、つまり柳に風の技術を持っておられる」と解説されました。
柳に風とは、柳が風になびくように、逆らわない物は災いを受けないということ。 また相手が強い調子であっても、さらりとかわして巧みにやり過ごすことの例えです。
これに対して隈先生は「私は英語で、Defeatと表現していますが、最先端技術になればなるほど、そうした傾向がありますね」と話されました。
また隈先生は「いろいろなものを見ることが重要でです。車ではなく、徒歩で見て歩くこと。人としての視点で体験して、周りの環境との兼ね合いを考える。仲間と対話しながら、ダイアログの中でものを見る。会話を立体化することが重要」と話を終えられました。
最後は隈先生と涌井学長を囲んで、学生や残られた企業の方々と記念撮影です。
新国立競技場の屋根の円形をイメージして、みなで輪をつくって、記念撮影しました。
お忙しい中、建築指導や特別授業、特別対談をしてくださった隈研吾先生、また隈先生とともに森林文化アカデミーの建設や授業に貢献してくださる長井宏憲先生に感謝すると同時に、いつも幅広い見識を示される涌井史郎学長に感謝した一日となりました。
ご参加くださった皆様にも深く感謝致します。
以上報告、JIRIこと川尻秀樹でした。
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