『「ただの指導と引率」で終わらせない! 自然体験指導者の「社会的役割」と「生業」を再定義する一日』を開催しました
開催した日:
はじめに:自然体験活動の「真の価値」を問い直す
自然体験活動に携わる私たち指導者は、日々「楽しかった」という参加者の笑顔に支えられています。
しかし、その活動は単なるレクリエーションや余暇の提供に留まってはいないでしょうか。
今回の講座では、宮城県で20年以上にわたり「くりこま高原自然学校」を運営し、暮らしと教育を一体化させてきた塚原俊也さんを迎え、指導者が果たすべき「社会的役割」と「生業(なりわい)」としての持続可能性について、深く掘り下げる一日を過ごしました。

塚原さんの導入風景
【レポート:野外教育は「人生のライフジャケット」】
午前のプログラムは、塚原さんの自己紹介と、くりこま高原での「共生」をテーマにした暮らしの紹介から始まりました。
塚原さんが所属するくりこま高原自然学校は、佐々木豊志代表が脱サラして立ち上げた、持続可能な平和で豊かな暮らしを創造するための拠点です。
そこでは「木の建物」で家族が共同生活を営み、エネルギーや食を自ら調達する「暮らし」そのものが教育の土台となっています。
■ 野外教育とコンフォートゾーン
塚原さんは、野外教育の本質を「人生のライフジャケット」と表現されました。
VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)と呼ばれる現代社会において、どのような環境下でも生き抜く力を育むことが自然学校の使命の1つです。
人は安全で安心な「コンフォートゾーン(Cゾーン)」に留まっていては成長しません。
指導者の役割は、参加者をCゾーンから連れ出し、適度な負荷がかかる「ストレッチゾーン」へと導くことです。
パニックに陥らない程度のラインを設計し、自らの器を広げる体験を積む。この「チャレンジ・バイ・チョイス」の精神こそが、生きる力を育む鍵となると言及されました。

野外教育は人生のライフジャケット
■ 指導者の心得:はひふへほ・かきくけこ
塚原さんが長年の実践から導き出した語録が、参加者に響きました。
- 子どもと一緒に「はひふへほ」: 刃、火、歩、平、穂
これらは、刃物や火を使いこなし、たくさん歩いておいしく食べる。実り豊かで平和な暮らし。自然と遊び、自然に学ぶ。 - 大人の役割「かきくけこ」: 環境・気づき・工夫・継続・交流。 これらは、指導者が主役になるのではなく、参加者の主体性を引き出すための「伴走者」としての在り方を端的に示したものです。
- AI (Artificial Intelligence、人工知能)時代を生き抜くための、AI(Adventure Intelligence 冒険知力)を育もう

はひふへほいく
【実践ワークショップ — LNT(Leave No Trace)の倫理と技術】
午後からは、ヨセミテ国立公園で開発され、世界で認定されている環境倫理プログラム「Leave No Trace(LNT)」を軸に、フィールドでの実践的な学びが展開されました。
残念ながら雨天のため、屋内実施となりました。
■ インパクトの可視化:タイムライン・アクティビティ
まず行われたのは、12種類のゴミが自然界で分解されるまでの時間を予想するワークです。
ガラス容器(100万年以上)やビニール製品の分解にかかる時間の長さに驚きの声が上がる中、塚原さんは「ソーシャルインパクト」の概念も提示しました。
「ゴミが分解されるかどうか」という物理的な問題以上に、それが野生動物に与える影響や、それを見た他の利用者の「体験の質」を著しく低下させてしまう心理的・社会的ダメージを考えるべきだという教えです。

タイムライン・アクティビティ
■ 累積効果と判断基準:お花畑のロールプレイ
「高山植物を摘むグループ」や「それを見るグループ」などに分かれたワークでは、一人ひとりの小さな行動が積み重なることで、生態系全体(ちょうちょの食草が失われる等)が崩壊し、回復に膨大な時間を要する「累積効果」を、ロールプレイを通して、体感しました。ここで得られた教訓は、「自然の回復力に基づいた判断基準を持つこと」です。
■ 実践的な低インパクト技術:排泄物処理のワーク
最も具体的で熱を帯びたのが「野外での排泄対応」の検討でした。「トレイルから60m離れる」「深さ20cmのキャットホールを掘る」「撹拌して分解を促す」といった、環境負荷を最小化しつつ安全と快適を両立させるプロの技術が伝授されました。これらは単なるハウツーではなく、自然への敬意を行動で示す「倫理」の実践です。

キャットホール
【自然体験指導者の『再定義』— 2040年への展望】
講義の締めくくりに、塚原さんは1980年代から2040年代を見据えた「自然体験指導者の変遷比較表」を提示し、自然体験指導者の存在意義を再定義しました。
1980年代の「原体験の提供」から始まった指導者の役割は、90年代の「環境教育の普及」、2020年代の「ウェルビーイング・社会課題解決」へと深化してきました。
そして、AIや仮想現実が普及する2040年代において、指導者は「人間の存在証明(五感の守護神)」という役割を担うことになるとAIが予測したとご紹介いただきました。
「リアル」を切望する全人類に対し、現実の手触りを伝え、感性を調律するゲートキーパー。それが未来の指導者像です。

自然体験指導者の変遷比較
塚原さんは最後にまとめるように、「LNTの講釈を垂れるのではなく、背中で語る指導者になろう」。
指導者自身が「地球1個分の暮らし(Nature Fix)」を実践し、エネルギーや食の循環の中に身を置く。
この自立した生き方こそが、災害時などの有事には「社会インフラ」として機能し、平時には「平和で豊かな暮らし」のモデルとなっていくと、お話しされました。
【まとめ】
今回のプログラムの最後のまとめとして、スタッフとして講義をきいた私が受け止めたことを報告すると以下の5点になります。
1.指導者の役割を「社会インフラ」へと再定義する
かつての指導者は「遊びや技術を教える人」でしたが、現代そして未来においては「社会課題を解決する専門家」であるべきだという教訓。
2.「体験」を「学び」に変える理論的裏付けを持つ
感覚に頼った指導ではなく、明確な理論に基づいたプログラムデザインの重要性。
3.「エシカル(倫理的)」な判断基準を背中で語る
環境保護を「禁止事項」として伝えるのではなく、一人ひとりの倫理観に訴えかける指導の在り方。
4.暮らしと活動を一致させる「持続可能な生き方」
自然学校を「事業」としてだけでなく、自らの「暮らし」として成立させる哲学。
5.結論
自然体験指導者は、社会が変わるのを待つのではなく、自らの生き方と教育を通じて、社会の価値観を揺さぶる変革者(21世紀の開拓者)を目指していくべき!!
報告者:小川カツオ(森の知恵共創共同事業体)
休館日:火・水曜、年末年始(休館日が祝日の場合、翌平日が休館日になります)
Phone : +81-(0)575-35-3883 / Fax:+81-(0)575-35-2529



